第1回日本メディカルヴィレッジ学会

第1回日本メディカルヴィレッジ学会

伊仙町であった「日本メディカルヴィレッジ学会・生涯活躍のまち共催シンポジウム=10日、同町ほーらい館

伊仙町「全町民主役宣言」
基調講演やパネル討議
生涯活躍のまちシンポ併催

 【徳之島】「第1回日本メディカルヴィレッジ学会・生涯活躍のまち共催シンポジウムinISEN」(伊仙町・日本メディカルヴィレッジ学会主催)が10日、同町ほーらい館であった。終末期医療と離島医療などの専門家3氏の基調講演に続き、「生涯活躍のまちづくり」に向けパネルディスカッションで考察。「病気や障がいのある人も地域(シマ)で支え合う」など3項目からなる「全町民主役宣言」を行った。

 同町は、「誰もが住み慣れたまちで最期まで自立した生活ができる生涯活躍のまちづくり」の推進と併せ、がん患者や家族が安心して暮らせる「メディカルヴィレッジ」構想も模索。シンポは地方創生事業を活用。町内外から約270人が聴講した。

 日本メディカルヴィレッジ学会の樋野興夫理事長(順天堂大医学部教授)は「人類の進むべき道は医療の共同化。1人の人間を癒すには1つの村が必要。病気であっても病人ではない。病気は単なる個性だ」。元長寿世界一泉重千代さん(120歳)などを例に「伊仙町は驚異のまち。東京で抗がん剤を服用中の人が2、3カ月でもここで暮らして帰れば長生きできる。がんも3年生存率が71%、5年同65%と共存する時代に。第1回学会は歴史的意義が」と述べた。

 元厚生労働大臣の尾辻秀久参院議員と同省出身の中村かおり県副知事(県知事代理)も出席、来賓あいさつで期待を寄せた。

 基調講演には、▽森田洋之氏(南日本ヘルスリサーチラボ代表、医師)が「夕張でその時何が起こり、まちがどう変わったか~自分たちでつくる暮らし~」▽樋野理事長が「がん患者と共に、そのケアと哲学~メディカルヴィレッジは徳之島だった~」▽寺倉宏嗣氏(あまぎユイの里医療センター院長)が「離島からの活動報告『徳之島の現状』~徳之島で幸せに終末期を迎えるには~」を演題にそれぞれ登壇した。

 寺倉氏(64)=天城町=は島内の医療機関・福祉施設への看取りに関するアンケートの分析結果を報告。そして急転移の悪性がんの妻(享年60)を看取った自らの体験も交え、「本人も家にいたかった。介護が家族だと本人も安心できる。24時間寄り添うことが可能。自宅だと家族(全員も)自由に会えた。病院より日ごろ住んでいる所のほうが、自由が利く。特に、最後の時間は濃厚に過ごせた」。そして、「1人で看護するのはきつい。訪問看護、ヘルパーの存在は大きかった」。周囲の協力、環境整備(メディカルヴィレッジ)の必要性を強調した。

 パネル討議のテーマは「離島から始まる新しい住まい方、働き方、暮らし方」。三菱総合研究所主席研究員の松田智生氏をパネリスト兼座長に、地域活性化への「伝泊(でんぱく)」でおなじみの建築設計事務所アトリエ・天工人代表の山下保博氏、コミュニティーデザインなどの㈱studio―L代表の山崎亮氏、大久保明町長らが登壇。各プロジェクトの紹介と併せそれぞれの視点から提言した。

 松田氏は、持論の「本人(社員)・地域(自治体)・産業(企業)の三方一両得」となる「逆参勤交代」も提言。パネル討議の統括で「主語は町民。全町民参加の地域づくりが、生涯活躍のまちづくり。一過性のイベントにしないで住民参加のアイデアで高め、徳之島・伊仙の離島モデルを全国へ広める。百の審議会よりも一つの行動を」と強調した。

 会場一体で「全町民主役宣言」を行った。