宇検村・集合学習「ワクワク考古楽」

中学生らに倉木崎海底遺跡から発見された中国製の磁器を紹介する大久保次長

遺跡から見つかった土器やレンガの実物を見学した

出土遺物から歴史学ぶ
郷土のすばらしさ実感「昔の人の技術はすごい」

 宇検村教育委員会は16日、同村の生涯学習センター「元気の出る館」などで2018年度第2回中学校集合学習を開いた。村内の中学生が一堂に会して、英語暗唱弁論大会や体育館での球技など実施。社会科で埋文出前授業「ワクワク考古楽=こうこがく=」があり、県立埋蔵文化財センターの大久保浩二次長が実物を披露しながら「奄美の歴史~宇検の歴史 発掘調査からのアプローチ」と題して講演。生徒らは実際に宇検村の遺跡から発見された貴重な遺物を手に取り、郷土の歴史のすばらしさを実感した。

 集合学習に村内3中学校の生徒36人が参加。埋文出前授業は同センターの「西南戦争を掘り、学ぶ事業」の一環で、7、8月に瀬戸内町で教職員の研修やフィールドワークが行われ、奄美の児童生徒らに実施するのは今回が初めてという。

 大久保次長はスライド資料で、東京の銀座のレンガ街を表示して「今から145年前の明治初期に、レンガ街を作った人物は誰か」と質問。「それはアイルランド人技師のウォートルス。日本に来て最初の仕事が、奄美大島の白糖工場の建設だった」と話した。

 また薩摩藩の白糖工場建設を請け負ったのがグラバー邸(長崎市)で知られる貿易商グラバーで、同村の須古を含む4カ所に建設されていたことも解説。「日本で最初の近代的な西洋建築が、奄美大島にあり宇検村にもあったと言える」。

 大久保次長は「16、17年度に実施した発掘調査で、レンガ作りの建物跡を発見。白糖工場の存在を確認し遺跡から輸入品の耐火レンガなどが出土した」と話し、実際に須古や瀬戸内町久慈から見つかったレンガを生徒らに紹介した。

 続いて奄美の通史にふれて、旧石器時代の奄美の遺跡を説明。「約3万~2万年前の頃の遺跡から、石器の破片や磨かれた石斧の破片などが出土した」と話した。

 「縄文時代の嘉徳遺跡(瀬戸内町)からは、約3500年前の鹿児島の市来式土器が出ている。当時の人が丸木舟をこいで、奄美と交流していたことの証し」と解説。遺跡から発見された口が二重になった珍しい土器と、市来式土器を生徒らに披露した。

 同村の屋鈍遺跡や倉木崎海底遺跡も紹介。「屋鈍遺跡からは、約2千年前の貝のペンダント(貝符)を発見。水中考古学のさきがけとなった倉木崎海底遺跡は、元田信有村長が当時調査に参加していた」と明かされると生徒らから驚きの声が上がった。

 大久保次長は「歴史は書物の中やどこか遠い世界の話ではない。自分たちの足元にある。ぜひ身近に感じてもらいたい。ワクワク(知的好奇心)を忘れず、いろいろな勉強を頑張って」と締めくくった。

 阿室中2年の村上史苑君(13)は、郷土の歴史の授業に感動を覚えたという。「貝のペンダントが、学校の近くの屋鈍遺跡から見つかっていたと初めて知った。昔の人の技術はすごいと感じた。白糖工場のレンガも興味深かった」と話した。