中山清美さんの追悼論集が完成し、奄美考古学会の高宮会長(前列・中央)から妻の美智代さん(前列・左)に手渡された
2016年に死去した奄美の考古学研究の第一人者で「シマ学」の提唱者・中山清美さんの追悼論集『中山清美と奄美学』がこのほど、刊行され出版に尽力した奄美考古学会(会長・高宮広土鹿児島大学国際島嶼教育研究センター教授)の会員が3日、奄美市笠利町万屋の中山さんの家族の元を訪れ出来上がったばかりの追悼論集を手渡した。家族は執筆者や同会の編集業務に感謝し、写真を見て懐かしんだり思い出話に花を咲かせた。高宮会長は追悼論集を高く評価し、若い人に読んでもらい研究者を志してほしいと期待した。
中山さんは龍郷町大勝出身で、法政大などを卒業後に旧笠利町教育委員会・歴史民俗資料館に勤務。合併後は奄美市教育委員会文化財課長補佐、同課長兼奄美博物館長を歴任し、市に勤務しながら熊本大大学院博士課程に入学し文学博士号を取得した。
この間、国指定史跡の宇宿貝塚や赤木名城のほか、笠利半島東海岸に数多く存在する砂丘遺跡や龍郷町の手広遺跡、瀬戸内町の嘉徳遺跡、宇検村の倉木崎海底遺跡など奄美の各遺跡の調査を担当。奄美の独自の土器編年を確立するなど長年、埋蔵文化財の調査研究に取り組んだ。
この日午後、中山さん宅を同会の高宮会長と事務局の川口雅之さん(県立埋蔵文化財調査センター文化財専門員)が追悼論集を持参して訪問。追悼論集の企画は中山さんの死後すぐにまとまったが、締め切り後も執筆者が次々と申し込んだり何度も原稿を修正する人などがいて大幅に編集作業は遅れた。
当初の予定を大きく超えて先月、約70人の執筆者の原稿などにより620ページの追悼論集が完成。事務局は作成した300部のうち100部ほどを執筆者に配布し、残りは一般販売しているが、売れ行きも良く売り切れ間近だという。
高宮会長は、「中山さんが育てた若手研究者による新しい視点でまとめられた研究論文集とも言える。若い人にも読んでもらい、奄美から地元を研究する人に出てきてもらえれば」と語った。
追悼論集を受け取った妻の美智代さんは、「このように立派な本にしてもらい、執筆した人や編集作業に関わった人などには感謝しかない。中の写真を見て懐かしい感じがした。本人も天国で喜んでいるはず」と目を潤ませて話した。
同書は、A4版620ページで、価格は3500円(送料と税込み)。購入申込先は、奄美考古学会事務局の川口雅之さん℡090―5293―7275、メールamamikouko@gmail.com。