1万1700年~7400年前 水没前の「縄文期」生活痕か

日本最大級の「ウンブキ」水中鍾乳洞=天城町提供


「ウンブキ土器」を前に会見した水中探検家・広部俊明氏(左)と森田町長=23日、同町役場

日本最大級の水中鍾乳洞 謎のウンブキ土器
「波状条線文土器」と類似
天城町会見

 【徳之島】天城町当局や教育委員会は23日、日本最大級とされる水中鍾乳洞「陸の中の海『ウンブキ』」(同町浅間)で水中探検家が発見、回収していた謎の〝ウンブキ土器〟の年代測定結果について会見。同測定値に土器の分類・同定調査を重ねた結果、同町西阿木名「下原洞穴遺跡」出土の「波状条線文土器」と特徴が類似。1万1700年~7400年前の縄文時代相当期に製作され、一定期間陸上で生活に使用後(海面上昇で)水中に取り残されたと考えられると発表した。

 「ウンブキ」は海の崖・谷の意味で、別名「浅間湾屋洞穴」。内陸部にぽっかりとあいた開口部は、潮汐で海水面が上下。現在の徳之島空港滑走路を含む地下を抜けて東シナ海につながっているとされる。

 日本を代表する水中探検家・水中カメラマンの広部俊明氏(55)=沖縄県恩納村在住=が2018年9月、テクニカルダイビングの特殊技術を駆使し、人類未知の同エリアで第1回調査に着手。自身が発見した日本最大級の水中鍾乳洞「広部ガマ」(総延長約680㍍)=同村=を大きく超えて1㌔余の規模に及ぶことを発表。昨年5月の調査時は〝ウンブキ土器〟の回収にも協力していた。

 会見は広部氏も同席して同町役場であった。町教委の具志堅亮学芸員(36)の説明によると、土器(直径約17㌢・高さ約21㌢)は、ウンブキ洞口(入口)の約70㍍奥・水深25~30㍍で広部氏が発見した。同地点に存在した可能性については、①入口から流れ込んだ②発見か所の洞窟天井に地上に通じる空間が存在③ウンブキが水没する前に人によって持ち込まれた―と推測。

 土器に含まれる石英など鉱物が、土器焼成後から蓄積を始める放射線量(蓄積線量)で推定する「熱ルミネッセンス年代測定法」を用いた年代測定の結果、製作年代は「1万1700年前ごろ」と推定。土器の特徴など分類・同定など調査では「下原洞穴遺跡」出土の「波状条文土器」(地層の炭化物年代測定で7400年~7100年前)と、口縁部の波線文様や頸(けい)部の「ハ」の字状の条線文などが類似。

 同学芸員は「ウンブキの土器は、7000年以上前の縄文時代に相当する時期に製作された可能性が非常に高い」と指摘。奄美・沖縄で人間活動痕跡が確認できてない「空白の時代」(7000年~2万2000年前)を考える上でも非常に重要。今後の課題には「海面の急上昇とウンブキ土器の関係を明らかにすることも求められる」とも。

 同水中鍾乳洞の全容解明を継続していく広部氏は、「泥(流入した赤土)に埋まっているが土器片はまだ無数ある。内部の支洞も増えており日本ナンバーワンの水中鍾乳洞だ」。メキシコ・ユカタン半島になぞらえて「日本のセノーテだ」とも絶賛。森田町長は「7400年前のウンブキは陸上にあって私たちの先祖が生活して連綿と続いて今があることに感動。大切に次世代に引き継ぐ責任も感じている」。

 ウンブキ土器は今月29日~8月2日まで同町「ユイの館」で展示される。