世界遺産と暮らし 住用から =中=

国内では西表島に次ぐ規模のマングローブ原生林。そのマングローブを生かしたカヌーツーリングは住用の観光の目玉となっている

守ることで暮らし変わる

 世界自然遺産登録について肥後さんは、こう考える。「もうこれ以上の開発は必要ない。住用は森と川ばかりだが、自然が残ったから世界的に評価されることになった。ただ、目の前にある自然を見慣れているからだろうか。良さ、価値がわからないというのが正直な気持ち」。
 マングローブパーク内に整備される「世界遺産センター」への期待はどうだろう。センターは、▽奄美の世界自然遺産の価値を解説展示▽自然体験フィールド等に関する案内▽観察のルール周知―といった観察管理の拠点機能とともに、盗掘対策や国立公園の保護管理などを行う保全管理の拠点施設として整備される計画だ。肥後さんは「ここ(マングローブパークの展示施設)もそうだが、奄美に整備されている施設は展示内容や規模の面で中途半端なものが多くないか。一度見たら終わり。繰り返し足を運ぶという施設があるだろうか。これまで整備されている関係施設とどう違うのか、せめて地元住民には十分に説明してほしい。地元住民に歓迎される施設であってもらいたい」と注文する。

 観光客受け入れのための施設なのか、啓発機能を持った保全管理が主なのか。役割を明確に伝えることが求められるかもしれない。

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 そんな「世界遺産センター」が整備されるマングローブパークは市町村合併前の旧住用村時代に開設、今月20日でオープン20周年の節目を迎える。奄美大島の体験型観光の目玉として定着しているのが原生林の中をめぐるマングローブカヌーツーリングだ。利用者は、航空運賃が格安のLCC路線就航により首都圏などから訪れる観光客の急増が引き金となって上昇した。

 年ごとの推移を見てみよう。LCC路線就航(2014年7月)前年の13年のカヌー利用者は1万6千人。路線就航初年の翌年は2万1500人と2万人台を突破した。15年には2万4千人、16年2万6千人、17年3万1500人と短期間で3万人台を突破し、18年には3万2千人となった。19年も3万人台を維持したものの、右肩上がりの順調な伸びにブレーキを掛けたのはコロナ禍だった。20年は1万3千人と前年のほぼ半数に激減。今年も何度も繰り返される都市部の緊急事態宣言、移動自粛により観光客の大幅減で、カヌー利用者は低迷したままだ。施設内にある売店、レストランの売上も当然、大きな影響を受けている。

 マングローブパークを管理運営する公社は約20人の従業員を雇用する。寿支配人は「これまでの余力で何とか雇用を守ってきたが、影響の長期化で金融機関からの借り入れ、行政からの補助に頼らざるを得ない状況。世界自然遺産の島になると、住用には国内外から多くの観光客が訪れるだろう。カヌー利用者も回復し、上向くはずだ。ただし、その時期がまだ見通せない。やはりワクチン接種が鍵をにぎるのではないか」。登録後もしばらくは我慢が続きそうだ。

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 マングローブパークの運営だけでなく認定エコツアーガイドとして幅広く住用の観光に関わる寿さん。自然の保全のための施策に対する地元住民の受け止めで気になることがあるという。「規制ルールを十分に認識していない。反発、戸惑いを口にする人もいる。また、登録でメリットがあるのは『ツアー客を受け入れるガイドだけ。(世界自然遺産登録は)自分たちには関係ない』という声もある」。

 住用の市道・三太郎線は、夜間にアマミノクロウサギなど希少野生生物を観察できる人気スポットだ。多くの観光客が訪れることから、野生生物に負荷をかけないよう夜間の車両数を減らし、森の観光利用と生態系保全の両立へ車両規制が計画されている。環境省は8月ごろにルールを策定し、周知期間を置いて10月にも試行を目指す。規制ルール案として、日没から夜明けまでの1時間当たり通行車両を事前予約した4台に制限するなど実証実験(4月29日~5月9日)の内容を踏襲する方針だ。

 この規制ルールについて寿さんは「世界自然遺産に登録されるとツアー客が増加するだけにルールは必要。一方で地元住民の中には『一帯には畑がある。昼間通行できなくなると畑に行けない』という規制に対する誤った認識がある。夜間の車両規制であり、地元の人を排除するルールではない。正しい理解を促進しないと、世界遺産への関心が高まらないのではないか」と指摘する。

 地元理解を促進する方法として寿さんは提案する。「地元住民も率先してガイドに」。ツアー客の宿泊の受け入れなどだけでなく、ガイドもできるようになれば地元の受け入れ態勢は充実するし、認定ガイドとして専門的な講習を受けることで知識が高まり、保護・保全意識も向上する。寿さんは続けた。「地元の自然を守る。これが世界自然遺産に登録されるということ。守っていくことで暮らしが変わる。それを実感したいのなら、ぜひ地元の多くの人がガイドとなり、ツアー客受け入れに関わってほしい」。