アサギマダラの里づくり ~現場から~

秋の渡りで日本列島を移動し、奄美に飛来してきたアサギマダラ

石川県白山市、耕作放棄地に吸蜜植物
不思議な営みを支える人々

旅をするチョウ・アサギマダラの研究家として知られる栗田昌裕さん=群馬パース大学学長、医学博士=の著書『謎の蝶 アサギマダラはなぜ海を渡るのか?』で、アサギマダラの24の魅力を紹介している。移動に関しては、▽旅をする=小さな体で海を渡り、2000㌔㍍以上も▽速い=実質2日で、740㌔㍍以上もの海上移動例▽気象を読む=台風を上手に活用して移動したり、雨が降る前に一気に移動▽集団移動=大名行列を連想させるような不思議な集団移動―など。

春には北上、秋には南下とチョウなのに、まるで野鳥のように日本列島を移動する。この不思議さを実感できるのが、マーキング(羽への標識)されたアサギマダラの再捕獲だ。標識地の確認によってアサギマダラがどこで放され、どれくらいの期間・距離を経て奄美まで飛来したかがわかる。今秋、奄美大島北部にある吸蜜植物ヤマヒヨドリバナの群生地で、一日で3匹再捕獲できた。その一つ「白山マーク」との出会いにより、愛好家団体の熱心な活動を知った。

石川県白山市(人口11万3千人)は、県都金沢市の南西部に位置する。白山国立公園や、県内最大の流域を誇る一級河川手取川、白砂青松の日本海など、山・川・海の豊かな自然に恵まれた地域で、海岸部から山間部まで、約2700㍍もの標高差があるのは圧巻だろう。そんな白山市に、「アサギマダラファンクラブ白山」(中村明男代表)はある。中村さん(72)によると、移動経路を調査するマーキングは2005年からスタートしたが、10周年目の15年に常時数をマーキングする人々によって団体を結成、現在のメンバーは20人前後だ。

100種類以上のチョウが生息するという白山ろく。さまざまなチョウを採取し標本にしてきた中村さん。フジバカマの自生地で、飛来してきたアサギマダラが優雅に乱舞する姿に魅せられたという。「小さな体なのに超人的な生命力と神秘性、旅のロマンを感じる」ことができるマーキング調査への参加を小学生らにも働きかけたものの、フジバカマの自生地は標高1000㍍の山の中。学校から遠く不便な上、山の天気は変わりやすい。学校出発時は晴天、目的地近くなると悪天ということがあり計画通りいかないことから、中村さんらはフジバカマの学校周辺への移植に取り組んだ。

これが地域内でマーキング活動や飛来を観察できる「アサギマダラの里づくり」の起点となった。居住地内(白山市瀬戸)には地域の人々が無償で提供した耕作放棄地があり、住民団体(白山ろく里山活性化協議会)が管理、野菜や花、ブルーベリー、山菜などを植栽しているが、住民団体と中村さんらの団体が協力、空いていた土地約800平方㍍を活用しフジバカマ1300株を植えた。

今年5月のことで、フジバカマの花畑は「アサギマダラ空の駅・白山」と命名。9月になり、薄いピンク色の花々が見頃を迎えると、まさに空から駅を目がけるようにたくさんのアサギマダラが飛来してきた。1日で1千匹に達することも。「メンバー3人で3時間かけて、500匹にマーキングできるほど、次々と飛来してきた」。

たくさんのアサギマダラが舞う花畑。観賞目的に石川県内だけでなく、福井など近隣県からも大勢の人々が訪れ、歓声をあげながらカメラやビデオ撮影する人々で空の駅は連日、にぎわった。

「アサギマダラの里」に手応えを感じ始めた中村さんらだが、懸念されていた問題が現実になった。大勢の人が集まり観賞だけでなく、マーキング者もいた中、「まるでいたずらのようなマークが確認された。共通マーキング(白山 日付 個人識別番号)を決めているのに、それを認識せず勝手にマークして放す人が出てきた。これでは再捕獲情報を管理・把握できない。白山に飛来後、全国に移動する経路調査の正確さが失われてしまう。一元化していくためにもマーキングのルールを守ってもらわなくては」(中村さん)。今年1万900匹に及んだ白山マークのうち、328匹が再捕獲されたが、不明も3匹あったという。

中村さんらの愛好家団体は独自の講習会(教室)を開催するなど正しいマーキングの普及にも取り組んでいる。育成・普及によりマークの仕方を統一することで、混乱を招くような「何のためのマーキング」という事態を解消していくためだ。

マーキング愛好家団体、活性化協議会が連携しての小さな生きものに愛着を持ち、不思議な自然の営みを支える活動。関心だけでなく支えるという姿勢は世界自然遺産の島にも示唆を与えないだろうか。
 (徳島一蔵)