解説 大島、センバツ出場に寄せて

高き志、夢への扉開く

 第94回選抜高校野球大会の出場校を決める選考委員会が28日にあり、出場32校の顔ぶれが決まった。昨秋の九州大会準優勝の大島にも8年ぶり、2度目となる甲子園の切符が届いた。年明け以降、島内で新型コロナウイルスの爆発的な感染が広がって、学校生活や練習などに大きな制限がかかる中、「朗報」に胸をなでおろした関係者も多いことだろう。

 大島の21年秋の快進撃は鹿児島県の高校野球史に残る快挙だが、好左腕・大野や4番・西田のバッテリー、武田主将らを擁するこの代から急に強くなったわけではない。特筆すべきは14年の21世紀枠によるセンバツ初出場以降、ほぼ毎年のように県大会8強以上の成績を残している点である。

 13年春、神村学園、国分中央などに強打で打ち勝ち、4強入り。大島の4強入りは91年秋以来21年半ぶりの快挙だった。練習試合が容易に組めない、遠征による金銭的な負担などいわゆる「離島のハンディ」があり、運動能力が高く、野球の力もある選手は潜在的に多くても、本土の強豪校に進学する選手も多く、大島をはじめ離島のチームが県大会を勝ち抜くのは至難の業だった。

 13年に春秋と続けて4強入りしたことなどが評価され、21世紀枠で鹿児島の離島勢初の甲子園の土を踏んだ。以降「次は自力での甲子園」へと目標を切り替えた。16年秋に渡邉恵尋監督からバトンを受け継いだ塗木哲哉監督も、離島であることを言い訳にすることなく、毎年甲子園を目指すチームを作り、この8年間の県大会では、離島勢のみならず、鹿児島の公立校の中では群を抜いて上位の戦績を残し続けてきた。

 「目標は甲子園ベスト8」。いつの頃からか、塗木監督、選手たちが異口同音に語るチームの共通目標になった。そのために「得点7点以上、失点2点以下」という県大会1試合の具体的な数値目標を定めている。塗木監督曰く「甲子園でベスト8以上の成績を残したチームの県予選での1試合平均得点と失点」が7得点と2失点だという。

 失点を2以内に抑えるために「1イニングの失点を1以下に抑えられる」ように計算できるバッテリー、守っているところに打たせる守備を作り、7得点以上挙げるためにバントではなく、打ってつなぐ打線を目指す。この8年間、県大会を勝ち上がる中で試行錯誤しながら「甲子園で8強」ための野球を作り上げてきた。昨秋の鹿児島大会6試合の平均失点は2・06、得点は5・15。攻撃面はまだまだ粗削りだが、守備面では大野という抜群の勝負強さを誇る好投手を中心に、目標に近い数字を残せた。

 13年春まで21年半、ご無沙汰をしていた4強入りを、21年春までに8回果たしている。夏は17年、93年以来24年ぶりに8強入りして以降、19年、21年と準々決勝に勝ち進んでいる。毎回、フェリーで鹿児島入りし、勝ち進むたびにホテルでの滞在は長期になる状況は変わらない中で、これだけの成績を残しているだけでも見事なものである。

 ただ彼らの目指すのはあくまで甲子園であって、県で8強、4強入りすることではない。春、秋、NHK旗は決勝に、夏は4強に勝ち上がれない悔しさを味わいながら、果たせなかった目標達成を次の後輩たちに託し続けていた。筆者はかつて「快挙」と表現していた4強、8強入りが、いつしか「決勝ならず」「4強ならず」へと変化し、壁を乗り越えられないもどかしさを感じながら、記事を書いていたのを思い出す。

 「1つ壁を破れば、ぐんと勝ち上がっていきますよ」

 秋の九州大会前、大島OBの奥裕史コーチが予言めいたことを話していた。秋準決勝で強豪・樟南を相手に延長十三回タイブレーク、3時間を超える死闘を制してようやく「壁」を破ると、県大会初優勝、九州大会初戦突破、初の4強入りと決勝進出…過去の先輩たちから紡いだ想いを乗せて一気に勝ち上がり「自力で甲子園」の扉を開いた。

 この春の選抜は彼らが掲げ続けた「甲子園ベスト8」への挑戦の舞台である。未だ衰える兆しの見えないコロナ第6波の影響が心配されるところだが、まずは無事に3月18日の開幕を迎えられることを祈りたい。
 これから大会まで、様々な制約、不測の事態の可能性も考えれば、野球に集中することさえ、困難な状況ともいえる。しかし、目の前に逆境があれば、それをいかに覆すかに注力し、結果を出してきたのが大島の伝統だ。3月、彼らが甲子園で堂々とプレーする姿を願ってやまない。(政純一郎)