冬の「蔵王キツネ村」では雪上に丸まって眠る愛らしいキツネの姿が見られる(スマートフォンで撮影)
唐突な書き出しとなるが昨年末、栃木県は日光へと旅に出た。ある日突然、「結構」という言葉を使うたびに、「日光を見ずして結構というなかれ」という洒落っ気のある言葉が頭をよぎる日々が続いたからだ。奥日光の華厳の滝や、中禅寺湖、戦場ヶ原を巡っていると、各地で薄っすらと雪が積もる様子が見られた。そんな風景を見ていると「もっと一面に広がる銀世界に身を投じたい」という感情がふつふつとわいてきた。
日光から帰ってから雪国行きを決めるまでは早かった。意図的に早めたわけではなく、世情がそうさせた。全国的な新型コロナの感染拡大が叫ばれていたため、「行動制限が出る前に」と、若干の焦りを覚えて旅程を組んだ。
さて、雪国に行くのは良いがどこに行くべきか。写真撮影、滝巡り、温泉巡り…。趣味のすべてを満たせる場所が山形県にあった。蔵王だ。国内でも指折りの酸性度の高い温泉が有名で、なおかつ樹氷見物を楽しめる。また、調べれば近くで氷瀑も見られるという。うってつけだと思い、蔵王を旅先に決めた。
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蔵王を目指すにあたり今回は仙台空港経由で行くことした。始発電車とバスを乗り継ぎ、大阪伊丹空港へ向かい飛行機に乗る。仙台空港までのフライトは1時間少々。窓から見える朝日に照らされる富士山と河口湖が「良い旅を」と、見送ってくれているように感じた。
仙台空港へ到着して少し拍子抜けした。太平洋側に位置するため、豪雪地帯ではないことは承知の上だが、積雪がほとんどないのだ。路肩に残雪が見受けられることと、鉛色の空からちらほらと降る雪が、わずかに北国らしさを醸し出すだけだった。「この状態で憧れの銀世界は見られるのだろうか」という不安がよぎる。
ここで蔵王について、少し説明を挟むこととする。蔵王連峰は宮城県と山形県の間に位置する山々だ。最高峰の熊野岳(標高1840㍍)をはじめ、標高1000㍍級の山が壁のようにそびえたつ。
宮城県側が「宮城蔵王」、山形県側が「山形蔵王」と呼ばれ、どちら側にもスキー場が点在する。冬場は関東をはじめ全国からウィンタースポーツの場を求めて多くの観光客が訪れる。温泉地としても有名なため、豪雪地帯でありながら東北屈指の保養地だ。ちなみに宇検村と友好都市提携を結ぶ「七ヶ宿町」も宮城蔵王の麓にある町だ。
今回はまず宮城蔵王にある「蔵王キツネ村」を目指す。100匹以上のキツネが放し飼いされるキツネ村は、写真撮影をする身としては訪れておきたいスポットだ。仙台空港からは一般道を走行し1時間程度でたどり着く。
車を走らせていると、感じていた不安はすぐに解消することとなる。山が近づくにつれ、路肩に残る残雪が腰の高さまで、また胸の高さまでと高くなっていくからだ。キツネ村にたどり着くころには路面にも雪が積もり、さながらボブスレーコースのようになっていた。
キツネ村の駐車場にたどり着くと、軒先からつららが垂れ下がり、屋根の上には分厚い雪がのしかかっていた。「はんぺん」。見たままの感想を独り言としてつぶやきつつ、入り口に向かう。1000円を支払い、スタッフから諸注意を受けた後に入場した。
真っ白な雪の上に、毛玉のように丸まったキツネがあちらこちらに寝そべっている。月並みすぎる表現で恐縮だが、どの個体も〝もふもふ〟で愛らしい。また、雪上を自由に闊歩する姿も見られる。大和村が計画するアマミノクロウサギ飼育施設もこのような感じで自然体のクロウサギを見ることができるのだろうか。完成が待ち遠しいものだ。
さて、恥ずかしくて書くかどうかを迷ったが、キツネ村に入った時点で一眼レフのSDカード(撮った写真を保存するカード)を自宅に忘れてきたことに気がついた。写真趣味の方なら誰しも経験があることだろう。心中を察していただきたい。コンビニも遠く買いに行くこともできない。可愛いキツネの写真の撮影がお預けとなったため、宮城への再訪を心に決めた瞬間だった。
写真が撮れないことにふてくされながらキツネ村を後にし、樹氷見物のために気持ちを切り替える。宮城蔵王から山形蔵王へ向かうには、夏季であれば「蔵王エコーライン」を抜けるのが一般的だ。しかしエコーラインは豪雪地帯を通るため冬季は通行止めとなる。やむなく大きく迂回し、東北自動車道と山形自動車道を経由し山形蔵王を目指した。
キツネ村のある山を下ると雪景色は解消されたが、山形県が近づくにつれ再び雪深くなる。県境に差し掛かるころには、降りしきる雪のせいで視界も悪くなってきた。積雪の影響で高速道路なのに50㌔の速度制限となっていたのには面食らったが、安全運転に心がけ目的地を目指した。
蔵王ロープウェイの「蔵王山麓駅」についたころには午後1時を回っていた。コロナ禍でも密を気にせず遊べるウィンタースポーツの人気は健在のようで、背丈より高い雪の壁に囲まれた駐車場は満車寸前だった。
久々にゲレンデを訪れたこともあり、レンタルショップではスキー板を借りたい欲求が高まったが、ぐっとこらえる。今回は〝スノーシュー〟(西洋かんじき)とストックのみをレンタルした。雪上を滑走して風を感じるのではなく、じっくり踏みしめて楽しもうと予定して来たのだ。