銀世界に誘われて=中=

吹雪の中の蔵王地蔵尊。首から下が雪に埋まっていた

ホワイトアウトでほとんど視界のない中シャッターを切った吹雪の中の樹氷(蔵王ロープウェイ樹氷高原駅付近で撮影)

世界を独り占めした気分

ロープウェイを待ちつつ周囲を見渡すと、樹氷見物を楽しみに来た観光客とスキーヤー、スノーボーダーが入り混じる。人出は筆者の予想をはるかに上回り、ロープウェイに乗るまでに20分ほど待たされるほどの繁盛ぶり。にぎわいの中には外国の言葉も混ざっていた。

山麓駅(標高855㍍)を出発し、「樹氷高原駅」(同1331㍍)にて乗り換える。樹氷原で有名な「地蔵山頂駅」(同1661㍍)にたどり着くまでには合計30分程度の時間を要する。標高が高まるにつれ雪は強まり、山頂駅へ向かうロープウェイからは全くと言って良いほど景色は見えない。白いスクリーンのような状態だった。

山頂駅には無事到着したものの案の定、吹雪で何も見えない。駅舎内の温度計で気温を見ると、マイナス8・3度とのこと。屋外に出ると念願の銀世界が広がってはいたものの、希望していたよりも随分と白すぎる。3㍍ほど先にあるだろう樹氷を探すのもやっとのことだ。ホワイトアウトという言葉があるが、どちらかというとグレーに近い。灰色の世界だった。

そんな中でもせっかく借りたスノーシューを試したくなるのが性というもの。ほぼ何も見えない中で靴の上からスノーシューを装着し一歩二歩と踏み出してみる。スキー客により圧雪されたルートを歩く分には恩恵を感じがたかったが、新雪を踏むと確かに足が沈まない。なるほどこれは面白い。

ふかふかとした雪の感触を楽しみつつ駅舎から少し散歩してみると、江戸時代に造られたという「蔵王地蔵尊」が見えてくる。高さ2・7㍍ほどの石像らしいが、首から下は雪に埋もれていた。地蔵尊の前の賽銭箱にはちゃっかりとスキー板が取り付けられ、雪に沈まぬ工夫がされていた。憎らしい思いをしたがお賽銭を入れ、旅の安全を祈願した。

何度となく雪上で転んだりしたからか、カバンやサングラスなど身に着けていたものは雪まみれに。まつ毛まで凍り始めたものだから、いよいよ恐ろしくなって駅舎に避難した。蔵王名物の「玉こんにゃく」と郷土料理「芋煮」にうどんを入れたものを食す。

「きょうはここまで」と自分に言い聞かせ、ロープウェイに乗り込み下山。そのまま投宿した。その後の温泉談義については長くなりそうなので割愛するが、翌朝までに3か所の湯めぐりを楽しんだ。

2日目。早朝から温泉街の共同浴場まで散歩していたところ、前日は全く見えなかった青空が広がっている。好機だ。氷瀑見学は予定には組み込んでいたが、登山経験がない筆者は天候次第では諦めるつもりだったからだ。

朝食に舌鼓を打った後、宿から車で20分程度のところにある「西蔵王放牧場」を目指す。無論、牛を見に行くのでない。氷瀑からもっとも近い登山口が放牧場にほど近いところにあるためだ。

夏場なら牛たちがのんびりと寝そべる牧歌的な景色が見られるのだろうが、筆者を待ち構えていたのは文字通りの銀世界だった。見渡す限りの雪。スノーシューに履き替え、前日同様、足で雪の感触を味わう。

歩き始めたころには雲が広がっていたが、それでも顔を刺す冷気がさわやかだ。時に新雪に足を取られ派手に転ぶこともあったが、雪まみれになりながら片道1時間ほどの登山を楽しんだ。

目的地の「瀧山大滝」に近づくにつれ傾斜は厳しくなり、雪中とはいえ汗だくとなっていた。登山未経験の筆者には厳しい道のりで、途中で引き返そうかとも考えた。諦めかけた矢先に遠く木々の間に雪とは違う淡い青色がかすかに見える。氷瀑だ。疲労に覆い隠されていた高揚感がよみがえり、肩で息をしながら傾斜を上った。

氷瀑の造形は圧巻の一言に尽きる。巨大な氷柱と化した滝はディズニー映画「アナと雪の女王」を彷彿とさせる。夏ならば轟音を立てる滝も凍ってしまえば、時が止まったかのごとく静寂に包まれる。手袋を外し直接触れてみたり、滝の裏側に入ってみたりと、氷瀑ならではの体験を満喫した。

帰路は往路に比べ随分と楽なものだった。傾斜に足をかければ、ずるずると滑ることができたからだ。あっという間に山道から開けた放牧場に戻れたが、このまま帰るのももったいない。誰の足跡もつかない雪に覆われた小高い丘に登り山形市街を眺める。

見渡す限り人間は存在せず、振り向いても自身の足跡しかない。世界を独り占めした気分だ。進むべき決められた道もないため好きな方角へ歩き出せる。銀世界では人はどこまでも自由な存在になれるらしい。その感覚に感動すら覚えたため、もとの道には戻らず、だれもルートとして使っていない雪原を踏みしめつつ停めてある車に戻った。

予定ではこの日、昼から仙台に戻り、松島を訪問しようと思っていた。ただ、もうこの時点でスノーシューの魅力の虜になっていた筆者は「松島はやめにして、もっと雪の中を歩きたい」と蔵王滞在時間の延長を心に決めていた。

晴天も後押しして、またも地蔵山頂を目指すこととした。ちなみに蔵王ロープウェイは山麓駅―山頂駅の往復で運賃が3000円。筆者が訪れた土日は駐車場代金1000円も必要で決して安いとは言えない金額だ。それでも雪にとりつかれた筆者の中の大蔵大臣は「出費やむなし」とゴーサインを出した。