人と自然の共存

形を変えながら砂浜を蛇行する嘉徳川

嘉徳に刻まれた営み
「一塊の連続性」で希少種生息

 取材で嘉徳(瀬戸内町)に行く機会が増えている。同時にプライベートで何度も嘉徳に来ている。来るたびに思うのは、そこに広がる大自然の営みと、太古から続く悠久の歴史の重みだ。源流から湧く一滴の水は嘉徳川を作り、森林の恵みと生物の恩恵の中とくとくと砂浜を蛇行しながら大海へと流れゆく。その山から海への「一塊の連続性」には、太古に大陸から切り離された奄美で独自の進化をたどった希少種や固有種が数多く存在する。その連続性の終点付近に、いつしか人の営みが生まれ「人間と自然の共存」が始まった。

 共存とは何か、連続性とは何か。手掛かりを探しに、筆者は嘉徳川上流の『ウシノトリゴモリ』へ向かった。

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 かつてオシドリ(ウシノトリ)が水浴びをしていた滝(コモリ)『ウシノトリゴモリ』へ、嘉徳川下流から上流へと川沿いを歩いていく。途中、「クルゴモリ」「フ―ゴモリ」など七つの沢を登っていかなければならない。

 うっそうとして陽の当らない川沿いには強大なアコーの木が気根を延ばし、ガジュマルの木を締め、そのふたつの木が一体の巨木となってそびえている。気根はさらに縦横無尽に川の上に弦を張り、そこにオオタニワタリが寄生する。露出した岩にはアマミノクロウサギの大量の糞が散らばり、岩陰の水流にはリュウキュウアユが遡上する。脇のやぶをかき分け入っていくと、炭焼き窯跡らしきものが残っていた。ここにも遠い先祖の営みがあった。

 3時間歩いてウシノトリゴモリに到着した。落差20㍍にも満たない小さな滝。かつて、この滝壺で水浴びをしていたオシドリは今はもういない。樹々の隙間からは、日差しが滝壺を碧く照らしている。この水が小さな流れとなり、嘉徳を作り上げ、悠久の歴史を築いてきたとされる。ぽっかりとあいたその空間は太古から変わることなくここにある。しかしそこに人の営みは感じられなかった。ここは決して人の立ち入ってはいけない場所なのだろう、すぐにその場を離れることにした。

 嘉徳浜に下りた。ウシノトリゴモリの空間と違い、嘉徳浜は太古から破壊と再生を繰り返している。海流や風雨により砂丘は形を変え、丘は削られ破壊を繰り返す。そして破壊の後には必ず再生がある。それは大自然のサイクルであり歴史であり、その営みのなかで今の嘉徳がある。

 ウシノトリゴモリから嘉徳浜に流れ着いた水流は、その破壊と再生の中を海へと向かっていく。河口と形状を常に変化しながら砂浜を蛇行するこの川は、嘉徳の象徴なのだろう。大海に流れ出た水は、さらに海流に乗って奄美大島を覆い、彼方の大陸に流れ着く。それが自然の連続性なのだと思う。

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 人と自然が共存する嘉徳周辺の希少種を区域ごとに調べてみた。(資料提供・奄美の森と川と海岸を守る会)
 ▽山から里=アマミノクロウサギ(嘉徳川流域に多量の糞、絶滅危惧種ⅠB類)、アマミトゲネズミ・ケナガネズミ(山と里の間の道路、同ⅠB類)、アカヒゲ・カラスバト・オーストンオオアカゲラ・アマミヤマシギ(民家の庭先、同Ⅱ類)・イシカワガエル・オットンガエル(山と里の間の道及び民家の庭先、同ⅠB類)
 ▽川=リュウキュウアユ(奄美12河川で生息確認、産卵確認は6河川のみ―役勝川・住用川・川内川・河内川・嘉徳川、同Ⅰ亜A類)・スジエビ(嘉徳川)

 ▽浜=オサガメ(嘉徳海岸への上陸産卵確認は日本唯一、世界最北端)・アカウミガメ・アオウミガメ・ムラサキオカヤドカリ・グンバイヒルガオ・ハマユウ・シロバナセンダイグサ・ヤマタニシ・ヒメツメタ(本州~九州とは別種の可能性)・ナミノコガイ・ナガタママキ・ワカカガミ。

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 悠久の歴史の中で破壊と再生を繰り返し、自然の連続性の中に希少種が生まれ、そこに人の営みが生まれ自然との共存が始まった。大自然の恩恵を受けなければ人の営みは成り立たない。自然を守るべきは人ではなく、人は大自然の中で生かされている。

(泉順義)