与論城跡で発掘調査成果説明会

発掘調査の成果を聞く参加者ら=20日、与論町=

 

柱や造成の跡確認
「青磁酒海壷」見つかる

 

 【沖永良部】与論町教育委員会は20日、発掘調査を行っている与論城跡の成果説明会を現地で開いた。城の中心部分と考えられている地主(とこぬし)神社境内の土俵周辺の発掘現場から、柱の跡や石垣の一部と見られる石積みの痕跡、土地を造成した状況などが確認されたと報告。別の調査場所の周辺からは青磁酒海壷も見つかったとした。

 町教委は、与論城跡の国指定を目指し、2019年度から5カ年計画で調査を進めている。これまでの調査結果から、城跡の主な範囲と、利用年代が14世紀後半から15世紀前半であることが把握できたという。

 今年度は全6カ所を発掘調査。城内の構造確認を目的に地主神社境内の土俵周辺を30年ぶりに調査したほか、城域を絞り込むために外縁部と考えられている場所の石垣の有無を調べた。

 この日は、地域住民ら40人ほどが参加し、調査した6カ所のうち4カ所を見て回った。

 土俵周辺の発掘現場を公開した同町学芸員の南勇輔さんは「石が積み重なっている部分があり、地盤を固める基礎の痕跡ではないかと考えている」と説明。また、礫(れき)や土を入れて造成している状況が見られることから「沖縄の城で盛んに使われている技法。沖縄から技術者を呼び、城を作ったと言っていいだろう」と述べた。

 崖下の調査場所では、表土下1・5~2㍍にかけて時期不明の石積みが確認されたほか、周辺で青磁酒海壷の破片が見つかったとした。南さんは「酒海壷が出てきたことは、この場所にそれなりの位の人が住んでいたことがうかがえる。調査で、城の利用時期や範囲、作り方が見えてきたのは大きな成果」と話した。

 参加した阿多尚志さん(64)は「話で聞いていた通り、この場所に城があったという証拠を確認できて良かった。島の宝として残しながら、観光面でも活用できれば」と話した。

 発掘調査は今年度で終了。23年度は、これまでの調査成果をまとめ、報告書を作成する。