初公開した展示を背景に泉宏比古さん
旧名瀬市長時代の1952年に書かれた日記「牛歩」
奄美群島の日本復帰運動を主導した詩人・泉芳朗氏(1905~59年)が書いた自筆の日記や詩の初稿原稿など、新たに発見された計6点が25日、奄美市名瀬の市民交流センターで公開された。芳朗氏の甥の泉宏比古=ひろひこ=さん(64)が実家で見つけたもので、原本の一般公開は初めて。「日本復帰記念の日のつどい」に合わせて公開され、貴重な資料を一目見ようと多くの人が訪れた。
宏比古さんは泉芳朗を偲ぶ会顧問で神奈川県在住。2013年の『泉芳朗詩集』の復刻版出版を機に、茨城県にある父・宏尚さんの実家に保管された箱を整理する際に発見した。
展示では、大学ノートに記した日記「牛歩」、代表作の詩「島」の初稿、未発表小説「南回歸=かいき=線」、同短編小説「蕃衣=ばんい=を着て」など関連する自筆原稿計6点が公開された。会場では解説パネルや分かりやすく書き起こした文章も添えて紹介した。
日記は旧名瀬市長時代の1952年9月16日から11月13日に執筆された。9月30日には、沖永良部と与論を復帰対象外とする「2島分離反対運動」を巡る対応が書かれており、「内報に動揺せず初志貫徹のため共に奮斗せん この情報の真相照会中」と両島へ打電したことが記されており、当時の緊迫した様子が伝わってくる。このほか「島」では本編にはない幻の一節が記されており、未発表小説では何度も推敲した跡が見てとれる。
芳朗氏は伊仙町面縄出身で、署名活動や断食による抗議活動(ハンガーストライキ)などを通じて、奄美群島の本土復帰を訴え「奄美のガンジー」とも呼ばれた。宏比古さんは「家の中ではタバコをくゆらしてばかりで静かな人。外ではじょう舌、話好きだったと聞いている」と懐かしみつつ、「原稿はどれも後半へ向かうほど書き方が熱を帯びてくる。差を感じながら当時の様子や空気感をくみ取ってほしい」と話した。
原稿は伊仙町にも巡回。以降は管理委託した奄美博物館で展示される。