宝島に生きる 下

塩作りの平窯を案内する岩下さん

巨大壁画は海中都市をイメージ。驚きながらも感激

奄美出身の岩下憲雄さん(78) 素泊まり民宿の管理も
「宝島の塩」を作る塩職人

 十島村宝島はどんなところか。同村役場のホームページによると、トカラ列島の有人島では最南端で鹿児島港から366㌔㍍、奄美大島からは90㌔㍍の位置にある。隆起したサンゴ礁でできたハート形をした島。地元で「サバク」と呼ばれる海浜砂丘や女神山は「おっぱい山」と呼ばれている。フェリーが到着する前籠漁港には海中都市をイメージした巨大壁画が乗船客を出迎える。圧倒されながらも感激。

 また、有名なのは1824年ごろ、イギリスの海賊船が出没し、島民たちが応戦しイギリス人1人を射殺、「イギリス坂」という地名が残っている。この時の話がスチーブンソン小説『宝島』のヒントになり、イギリスの海賊キャプテンキッドが連邦裁判で「宝を隠した」と証言した島でもある。財宝を隠したという鍾乳洞もある。実際に国内外から多くの探検家や賞金稼ぎが訪れたと言われている。夢とロマンにあふれる島でもある。エメラルドグリーンの海には、訪れる奄美の人たちも「きれいだねえ」と口をそろえるという。

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 牧口さんは「最近は、宝島の名前が入った郵便局のスタンプが人気」と話していた。人口は2022年1月現在で131人。「みんな知り合いだから安心」とも。塩作りをする岩下憲雄さんにも指導してもらったこともある。

 地元で塩職人と、素泊まり民宿「とから荘」を管理する奄美出身の岩下さんは宝島に住んで60年を超えた。食事を賄っていた相棒は体調悪く入院。岩下さん自身も心臓を悪くして大好きだった釣り船を最近、処分したばかり。このままでは「1人で営業できん」と民宿を畳んで奄美に帰る相談を従妹にしたところ「宝島がいいから、そこにおって」と断られたという。

 取り組んでいる塩作りは、20数年前には都会から大量に買占めに来る人もいたほどの人気商品。まき火釜炊き手作り「宝島の塩」のまき拾いに島中を走り回る。塩小屋のある広い庭には乾燥用のまきがうず高く積まれていた。民宿と掛け持ちで塩作りをするのは「根性だけ」と失笑するが、昔ながらの手法にこだわった製造法。七日七晩じっくり煮詰め、すべて手作業で炊き上げた貴重な粗塩と粉塩とにがりだ。粗塩成分一覧(100㌘あたり)カルシウム990㍉㌘・マグネシウム300㍉㌘・カリウム150㍉㌘・亜鉛300㌘となっており、カルシウムが非常に多い。「黒潮のおかげ」という。

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 海水は8%1200㍑、平釜に落とすだけで半日かかる。炊き上げて5㌢で塩になる。その間のあく取り2回がかせない。「これが一番大事な仕事。29%のにがりができる」。作り始めて2年間試行錯誤を繰り返しておいしい塩にたどり着いた。「粗塩の火加減は3日間、熱くする。冷めてようやく12日目ごろにバケツに移す。粉塩は強火でぎりぎりまで炊くから水がなくなって鍋を傷めたことが何度かあった」。失敗は成功のもと。すご腕の職人だ。

 無添加100%自然海水塩は「黒潮生まれミネラル豊富な【宝島の塩】です」とPR。「海水が結晶に変わる時は、充実の笑みがこぼれる」と厳しい表情が笑顔になった。

 「またひと踏ん張りせんといかん」とつぶやきながら、素泊まり宿も忙しくシーツを洗ったり、部屋の掃除に奮闘していた。宝島の生活を十分に堪能する岩下さん。しばらくは奄美に帰らなくても、奄美から訪れる客たちとのおしゃべりも楽しめる。「今は、半分は移住者。そのうち全部が移住者になるだろう。宝島は住みやすいよ。宝島という名前がいいね」と自慢した。