対馬丸事件の犠牲者悼む

照屋義実沖縄県副知事ら約50人が参列した対馬丸慰霊祭(26日、船越海岸)

対馬丸記念館が掲げる「平和の約束」を読み上げ平和への願いを強めた児童生徒たち(26日、宇検防災会館)

宇検村で慰霊祭 沖縄県副知事も参列

 

 太平洋戦争末期、米潜水艦に撃沈された対馬丸の犠牲者を悼む慰霊祭が26日、宇検村宇検集落の船越(ふのし)海岸にある慰霊碑前であった。照屋義実沖縄県副知事(75)、元山公知村長(53)ほか地元住民、久志小中学校の児童生徒ら計約50人が参列。平和への願いとともに、鎮魂の祈りをささげた。

 式辞で津田直隆宇検区長(69)は、22日、沖縄県那覇市の慰霊塔「小桜の塔」であった慰霊祭に参列したことに触れ、「生存者、遺族と話をする機会があり、改めて戦争の悲惨さを実感した」と述べ、「過去の戦争を教訓にして争いのない平穏な日々があり続けることを切に願う」と話した。

 昨年10月にも献花に訪れた照屋副知事は哀悼の言葉で「宇検村に漂着したご遺体は、村民の皆さまによって埋葬され、21人の尊い命は、手厚い看護の下で助け出され、深く感謝申し上げる」と述べ、18年から同村で催されている対馬丸平和学習交流事業を通し、「次世代に事件の記憶が受け継がれることを強く願う」と語った。

 慰霊祭後、(公財)対馬丸記念会理事で、遺族の嶋田玲子さん(68)が宇検防災会館で「語り部」として事件を解説。児童生徒らは、同会が運営する対馬丸記念館が掲げる「平和の約束」を読み上げ、学びを深めた。

 久志中学校2年の福山彩葉さん(13)は「対馬丸事件が悲しい出来事だと知り、戦争は絶対起こしてはいけないと思った。世界中が幸せになることを願う」と話した。

 那覇港を出港し長崎に向かった対馬丸は1944年8月22日、悪石島沖で米潜水艦の魚雷攻撃を受けて沈没。乗船者数は1788人(うち疎開者1661人)といわれ、判明している犠牲者数は1484人(学童784人)に上る。