2023年夏 奄美ワンダーランドを行く カトリック教会編④

「マリアでござる、マリアでござる」と夢の中に出てきた西阿室教会の「マリア観音像」

古仁屋教会の鐘があった時の様子

加計呂麻島西阿室教会の「マリア観音像」

 加計呂麻島・西阿室教会には、「マリア観音像」が保存されていると神父たちから教えてもらった。西阿室教会には説明文が残されていた。聖フランシスコ修道会奄美大島修道院古川政孝神父の提供した文章が小豆島新聞に掲載されている。紹介する。

 「1990年9月発行の『聖母の騎士』に私の奄美紀行⑧聖心侍女修道会員森本孝子さん著『マリア観音』について次のように書いている」

 「奄美大島の南端・加計呂麻島にカトリック西阿室教会があり、この教会に『マリア観音像』が保存されている。白磁製の子どもを抱いた母子像だ。これは支那事変(日中戦争)に従軍した西阿室出身の池田之応さんが43年帰還の際、土産として持ち帰ったもの。当時は果たして観音像化もわからない。胸に数珠をかけ、左足は立て膝、台座の蓮華の下に朱色の魚が描かれている。台座の模様や色彩も日本のマリア観音とは趣を異にしている」

 「持ち帰った池田さんから、占者・禱直清さんが懇願して譲り受け祭られていた。ある夜、禱さんの娘さんが夢の中で『マリアでござる。マリアでござる』と言ったというので、禱さんは驚き、名瀬のカトリック教会へ行きゼローム神父に西阿室への布教を願った。この時中国から渡ってきた母子像が西阿室へ布教の道を開いたのである。55年のこと。57年には約80戸のうち、15戸が信者となり、88人の洗礼が行われた」

 「その後、ゼローム神父は西阿室の『マリア観音』を携えてアメリカにわたり、知的障がい児施設建設の募金を始めたところ、講演会のたびに多額の献金が寄せられた。アメリカの教会ではこの『マリア観音』を貴重な宝とみなした」

 「しかし、神秘な『マリアでござる』の伝承を持つ奄美から帰郷願いがあって再び西阿室教会へ帰った。67年、茅葺の民家から鉄筋コンクリートの教会へ新築、その屋上に聖母像がかけられている」

 白磁製の「マリア観音像」は、美しく今も色があせていない。ただ、右手に抱えられていた子どもの像は、「子どもたちが遊んで床で転がしたりして壊れてそのまま」(関係者)だった。

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 古仁屋教会は、今年の3月でシスターたちが引き揚げたため、併設の信愛幼稚園は瀬戸内町に移譲された。また、朝6時、正午、夕方6時アンゼラスの鐘の音が古仁屋の街中に響いていたが、「塗装がはがれ、塔が傾いていたため、保護者たちに迷惑がかかる、安全にとのことで、撤去した」(関係者)。古仁屋教会は毎週日曜日、西阿室教会は、月1回古田町教会から巡回ミサが開かれている。