有効活用の処方箋 ハコモノ行政考える 下

奄美市名瀬の本茶地区に果樹園がある前山農園。3代目として大輝さんはタンカン生産に情熱を注ぐ(昨年12月上旬撮影)


有効活用が課題のままの奄美大島選果場

利用しやすい体制へ工夫

 奄美市名瀬の本茶地区に整備された果樹団地には、タンカン農業を長年リードする園がある。第1、第2本茶果樹団地の前山農園もその一つ。初代が昨年末に95歳で死去した茂吉さん、2代目が重一郎さん(67)、そして大輝さん(42)が3代目だ。

 当初は野菜生産農家だった。浦上公民館の近くに畑があり、ダイコンなどの地場野菜のほか、電照ギク栽培にも取り組んだ。果樹農業のタンカンが主力になったのは1985(昭和60)年頃。国の事業で山間部(標高約300㍍)の本茶地区に果樹団地が整備され、前山農園も入植。大輝さんの父親・重一郎さんの代になってからだ。現在の栽培面積は第1本茶団地が1・8㌶、第2が1・2㌶。全てにタンカンを植栽している。大輝さんが就農したのは2002年、現在21年目。

 ■島外研修

 大輝さんは6人きょうだいの長男。家業を継いだが、大島高校卒業後、現在も影響を受けているJAあまみ大島事業本部果樹部会長の大海昌平さんの勧めもあり、静岡県にある農林水産省の果樹試験場(現在は農研機構の果樹研究所カンキツ研究興津拠点)で2年間研修。座学と実習を通し、かんきつ全般について学んだ。「一緒に研修を受けたのは10人。地元静岡のほか、和歌山など果樹農業が盛んな地域から来ていたが、いろいろと相談し合うなど今でも交流が続いている。全国に仲間ができるきっかけになった」

 研修後、そのまま地元に戻り就農するのではなく、さらに1年間、熊本県を代表する大規模かんきつ(温州ミカン)農家、西山果樹園に住み込みで研修を受けた。「ここで当時の経営者から学んだことは今でも忘れず刻んでいる。自分にとって師匠のような存在。振り返ると一つ一つの言葉が名言だった」

 こんな言葉だ。「おいしいミカンは葉っぱが作る、根が作る、土が作る(まず土づくりから)」「ミカンの木一つ一つを社員だと思いなさい。果実が収穫できるのも木が生産してくれるから。社員が仕事をしやすいように一本一本に愛情を注ぎ、大事に育てなさい」。師匠の教えに従い、木が仕事をしやすいように草抜きを徹底し、クワによる土起こしも丁寧な作業を心掛けたという。

 島外研修を経ての就農。栽培環境の異なりから学んだことが生かせず戸惑ったこともあった。台風被害にも直面した。「ここ(第2本茶)は東風を強く受ける。樹齢を重ねた大木が倒れ、タンカンの果実がほとんど落下し、一面を覆っていた時は真っ青になった。当然、収量が大幅に落ちた。一番きつい経験だった」。苦しい時こそ師匠の言葉を繰り返し思い出し、家族や周囲の支えもあり乗り越えた。

 大輝さんの代になってからは改植にも積極的に取り組んでいる。「古い木の植え替えの時期を迎え、昭和の木は全て改植した。毎年のように気候が違う。本茶がタンカン栽培の適地とされていたが、今はもっと標高がある福元地区(400~500㍍)の方が適地になりつつある。このままタンカン栽培を継続するにしても工夫が求められている」

 ■負担増

 生産したタンカンの選果選別。大輝さんは全て選果場を利用している。「以前は昼間収穫、夜に選別と作業が長時間続いた。夜間の作業がなくなり、かなり楽になった。専業農家は量が多いだけに、選果場まで持っていき、選果後にまた持ち帰るのは手間がかかり負担という声を聞く。JAの集荷体制がもっと強化されたら、持ち込まれる量がさらに増えるのではないか」と語る大輝さんだが、懸念材料があるという。

 選果料の引き上げだ。良品以上を対象にした市町村による助成(キロあたり26円)は継続される見通しだが、新たな選果料は56円となり、これまで実質無料だった農家負担は30円となる。仮に10㌧持ち込み、全て良品以上の規格適合品だったとしよう。行政の助成があったとしても農家が支払う選果料は30万円だ。大輝さんは「キロあたり30円の負担なら仕方がないと思う。だが、行政の助成がなくなり全額農家負担となると、かなりきつい。量を持っている農家の選果委託を継続していくためにも行政の支援を引き続きお願いしたい。山地が多い奄美大島にとって果樹農業は産業の柱。産業を守り育てるという視点に立ってほしい」と訴える。

 奄美市住用町の元井農園・元井孝信さんはJAの努力も求める。「赤字だから、選果場開設当初の負担をまだ償還できず重荷だから、農家に負担を求める。農家にだけしわ寄せが及ぶのはどうか。JAあまみは群島内の農協が一つになった組織であり、何のための合併だったのかと思ってしまう。大島事業本部の経営の厳しさを全体で改善していくことはできないか。負担増に耐えきれず農家が離れてしまうと、選果場運営は立ち行かないのでは」

 大海さんは別の視点だ。農家の努力を挙げる。「肥料代など資材費が上がり、選果料も上がる。確かに大変だが、単収を上げたら負担増をクリアできる。平均単収(10㌃あたり)は400~500㌔(20年度平均は477㌔)。それを上乗せすることで、負担増の吸収が可能。収量をアップし、選果場を利用する量が当初の計画通りになればJAの赤字も改善する。特に量を持っている農家が率先して利用し、品質保証されたタンカンを島外に出荷すべきだ」

 奄美大島選果場からハコモノの在り方が見えてくる。事業を導入するにあたり行政や関係機関は、整備後の利用を根拠に基づいて予測したのだろうか。ハコモノ整備は手段なのに、目的化していなかったか。「産業振興の役割・機能を十分に果たす」。整備にあたり明確に描いていただろうか。まだ改善できる。行政、JA、農家(規模を持つ専業農家)が話し合いを重ね、利用しやすい体制へと生まれ変わることによって。実現できたら今後の奄振事業にも示唆を与える。

(徳島一蔵)