「シマ歩きin根瀬部」

かつての風葬墓と伝えられる根瀬部集落の弁財天神社(中央は須山聡教授)

集落の成り立ち学ぶ
博物館歴史講座  神社「もともとは風葬墓」

2024年度第1回奄美博物館歴史講座「シマ歩きin根瀬部集落」が28日、同集落であった。聖地ミャー(広場)を起点に、先祖が降りてくるといわれる神道、神山を巡り、海岸砂丘(カネク)の上に築かれた同集落の成り立ちを学んだ。約2時間の歴史散歩に約20人が参加した。

シマ歩き企画は22年にスタートし5回目。今回は、三方が山に囲まれ、前方に砂浜、背後は水田という東シナ海側の典型的な形が残る同集落を巡った。 講師は、駒澤大学文学部地理学科の須山聡教授(59)。

須山教授は、同集落公民館から海岸へ抜ける「マガリ」がわずかに坂道になっていることについて、「等高線にも表せない海岸砂丘の高さが、川の氾濫(はんらん)を防いだ」と解説した。隣の小宿集落で畑を借り育てた稲を船で運び、砂浜で干したという生活なども振り返った。

かつて湧水があった「ショウジゴ(清水河)」、神山の中腹に昭和時代に建造された「弁財天神社」などもめぐった。同神社について須山教授は「もともとは風葬墓だった跡と伝えられている。神社という名に意味はなく、明治になってから形式的につけられたもの」と語った。

同集落出身で全国通訳案内士の惠原義之さん(78)と、同集落区長の武原末明さん(67)が、かつての生活面から説明を加え、参加者は理解を深めていた。

参加した同市名瀬の須永珠代さん(50)は「集落の成り立ちに興味があった。歩きながら質問することができ、昔と今の違いが理解できた」と話した。