富山丸慰霊祭

遺族に代わって慰霊碑に参拝、鎮魂と恒久平和を祈った地元徳之島町関係者ら=23日午後、同町亀徳

鎮魂・平和を祈る コロナ禍2年中止で徳之島町

 【徳之島】第二次世界大戦中の1944(昭和19)年6月29日、沖縄守備へ南下中の徳之島町亀徳沖で米潜水艦に撃沈され、乗組員・将兵合わせて3724人が犠牲となった輸送船「富山丸」の悲劇から77年―。遺族団を迎えた慰霊祭は新型コロナウイルスの影響で昨年に続き中止が決定。地元徳之島町は23日、町当局や議会代表で献花して鎮魂と恒久平和を祈った。

 例年は6月29日までの間に、悲劇の海を見おろす同町亀徳「なごみの岬公園」にある同慰霊碑の前で、関東地区および全国7県の遺族ら参拝団と地元関係者ら100人余が集い慰霊祭を挙行している。今年は第58回目を予定していたが、新型コロナ情勢から2年連続の中止を余儀なくされた。

 遺族の高齢化(子世代)に加えたコロナ禍で今年も来島が叶わなかった全国の遺族関係者たちの思いも胸に、高岡秀規町長ら町幹部や池山富良町議会議長ら10人が参拝。台風2号による強風下、碑前に線香と花束をたむけて手を合わせ、変わらぬ鎮魂の祈りと恒久平和への誓いも新たにした。

 高岡町長は、富山丸とともに同公園内に慰霊碑がある「疎開船・武州丸」(44年9月25日に十島村中之島沖で米軍魚雷攻撃により沈没、徳之島町内の148人が犠牲に)にも配慮。「肉親を失ったご遺族関係者の気持ちに配慮して慰霊祭を継続するのが行政の役割。対中国など外交問題が予想される中、慰霊祭を続けることで正しい平和への道を選んで欲しい」とも話した。

 富山丸(7500㌧級)は、沖縄への増援部隊と燃料など物資を満載して亀徳沖約3㌔を航行中、魚雷攻撃を受けて轟沈。流出した大量のガソリンドラム缶にも引火し、過密状態で乗船中の旅団将兵をはじめ船員・船砲隊員など計3724人が死亡。船舶関係では客船タイタニック号や戦艦大和(旧第2艦隊)と並ぶ第1級の惨事とされる。